Be導師日記

ヒューマンスキルオワコンな管理人、Be導師 によるてきとーに運営されてるブログ。きままに、てきとうに。
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【だれでもわかるPTAMMの説明】修論諮問会を覗いてきました。

ども、こんにちわ!びぃーどーし(@bedoshidiary)です!
今回は修論諮問会に行って参りました。

その中でもすごくよく耳にした単語としてPTAMMというものが有りました。
なんかT田研の人ってPTAMM好きすぎるでしょ。

だれでもわかるPTAMM。
・マーカーレスAR技術の一つ?全部?わたしぁ知らない。
    ・ARってのはカメラの向こうに初音ミクとか表示するやつ。すっごいわかりやすいっしょ?(ドヤァ
・特徴点ってのがある。

・特徴点ってのはカメラ映像からはっきり認識出来る点。

・特徴点にの認識度からレベルが4つに分かれる。
    ・ベンチとか家とか人とか見てわかるオブジェクトはすごく認識できる。→TUEEEE
    ・落ち葉とか草原とか似たような場所は認識しづらい??→くっそ弱い

・カメラの向きを移動するとこの特徴点が移動する。

・移動前と移動後の(カメラ上の)特徴点の座標からカメラの向きを推定する。

・推定したカメラの向きから表示したオブジェクトをカメラ上に入れるか入れないか、を判断する。

・意図的にカメラ映像をぼかしたり、縮小拡大することで弱い特徴点を消して強いやつだけ残す。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
結局これって何に使われるのよ?

地学系にも使えそう?よくわからない?  とりあえず画像処理系だよ。うん。
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自分の中で線引きしてしまう自分に嫌悪した。

@bedoshidiaryです。

ちょっち愚痴というか自分の中を吐露してるような内容になるのでブラウザバック推奨ですよ?











いつからだろう、自分の中で線引をするようになってしまったのは。

これはこうしたらできる気がする! といろんなことに対して考えたり、実際にやってみたりしてた自分がいつのまにか過去になってた気がする。

始まりは できる気がする! だった。

それが時間が経つにつれてだんだん、今のAPIじゃできない と感じるようになっていた。

それは今では 今の環境だとできない になった。

それはやりたいことだった。時間経過で出来ないと感じるようになっても、意地になってやろうとした。

――自分にはそれだけの武器がある、と信じて。それだけの実現方法を用意できる、と信じて。

その結果が……未だにできていないという現実。

――出来ると信じて疑わなかった。

出来なかった。

――自分ならこうする。

出来なかった。

――AとBを組み合わせてCをやればできる気がする!

出来なかったんだ。



ただ、それが悔しくて。

自分の実力があまりにも低い、ということを自覚させられるきっかけだった。



最初は楽しかった。

――これはできるかな…?  できた! それじゃぁこれは!?  よし!

一つずつの実装が歓喜の連続だった。


それがいつからか

――これは…だめか。それじゃぁこうしたら…よし…あれ?こっちがダメか…。よし、ここまでは全部おっけー。

不安と緊張の連続だった。
そして…… ここまでは  という言葉を使い始めた。

コードを書く上でどこまでが正常に動いて、どこからがダメなのかを明確にすることはとても重要だ。
一つ一つ実装していき、どこでエラーを吐いたのかを理解しないことには発生した問題を解決することは出来ない。

だけど……今の私にはそういう意味じゃなくて、線引きするように――ここまでしたら大丈夫だろ。――勝手に限界を作るように使っていた。


一度線引きしてしまえばそこからどんどん線引きするようになるまで、そんなに時間はかからなかった。

そんな風に変わりゆく自分を自覚する度に思う。

――そんなのでいいのか?目標に届かないぞ?

そう思ったら手が動いた。どんどんコードが書けた。

だけど次第に手は動かなくなって、無意味なコードを書いていた。



本当に悔しい。卒論とはいえ、だ。完成してないのに発表しなくてはいけない。あと時間がもっとあれば。
後付けの背景と目的。そんなものから展開できる内容なんて程度が知れる。

別にやりたくないことをやったわけじゃない。目的があったからコードを書いていた。最初から終わりなんて考えてなかった。どこまで出来るんだろう、ワクワクでいっぱいな気持ちで取り掛かったはずだったのに完成はしていない。

だからまだ終わりたくない、と心に強く思う。

しかし卒論だから、1年の間で出来たことを言わなければいけない。一年掛けた成果物が未完成なんて恥ずかしすぎて言えない。一人で設計・実装をやったから、だなんて言い訳がましい。反吐が出る。



その上、こう…なんて言ったらいいんだろうね だなんて言われてしまえば心が折れて当然だった。

瞬間的に自分の中で自分が死んだんだな、って自覚した。

――お前には出来なかったか。 

そう言われてる様にしか聞こえなかった。

それが私の限界だと痛感させられた瞬間だった。



――学生のうちに心をへし折られる経験をすることが出来てよかった。社会に出てからでは立ち直れなくなってたかもしれない。


と思えば自分のためになった、いい経験ができたと感じる。


でもそう思わないとやっていけないような気が、そんな気がした。
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